玉造〜伊勢 江戸時代に流行したお伊勢参りの旅 伊勢参宮略図(安藤広重) 伊勢名所御蔭参の図(玉蘭斎貞秀) 伊勢御遷宮参詣群集之図(玉蘭斎貞秀) 豊饒御蔭参之図(歌川芳幾) 伊勢参宮本街道(暗越奈良街道・奈良上街道・初瀬街道・伊勢本街道) 伊勢参宮獨案内 江戸時代に全国的に流行したお蔭参り。「一生に一度は伊勢参り」、「伊勢に七度、熊野 に三度、お多賀様には月参り」といわれたように江戸時代の人々はこぞって伊勢参りの旅 へでた。ふだん旅に出られない人々は「抜け参り」をするほどの社会現象で、伊勢参詣は もちろん道中の物見遊山も旅へでる目的のひとつであった。
左:浪花講看板 右:浪花講定宿帳(伊勢〜大坂版) 浪花講鑑札
大坂・玉造で創業したこの組織は全国的に 広がり、現在の協定旅館・ホテルのルーツに もなったのである。また、「浪花講」講元であ った松屋甚四郎の創業地には現在、当神社 の分社・東雲稲荷神社が建っている。 天保10年『浪花組道中記』 (大坂からいせ道中の出発地として玉造が記載されている) 浪花講掛軸より当時の旅人 浪花講錦絵より当時の旅人
(財)大阪ユース・ホステル協会 (伊勢迄歩講主催) 伊勢迄歩講 (伊勢迄歩講の歴史、今年の企画・案内)