真田の抜穴

滑稽浪花名所 さなだ山  (キツネが人々に肥を食べさせている) 
滑稽浪花名所 さなだ山  (キツネが人々に肥を食べさせている) 

慶長19年(1614)大坂冬の陣に際し、豊臣秀頼の招きにより真田幸村が城入りした。幸村が徳川勢を迎え撃つため大坂城の惣構よりも更に外側に真田出丸(現:明星学園の場所)を築いた。この地に大坂城を抜け出すために掘られたといわれる 「真田の抜穴」があるが、この場所は宰相山と呼ばれ、真田幸村と対峙した前田宰相利常が陣取った場所にあたることから有識者による①徳川家が難攻不落の大坂城の惣構内へトンネルを掘り進めた坑道説②当時この辺りが特にキツネが多く生息していたことからキツネの巣穴説③第二次世界大戦における防空壕説 などの諸説があり、その実体は明らか ではない。