城代下屋敷

清水谷屋敷

この地は豊臣期に惣構の南堀(空堀)として整備され、その名の通り良水が湧いたことから豊臣秀吉が御茶の水として利用した。秀吉はこの地に茶亭、豊臣家下屋敷も建設し、徳川期には城代下屋敷として利用された。

この清水谷屋敷にはその由緒である清水と思われる多くの井戸があり、同屋敷の隣接地には、御蔵方小揚屋敷や清水谷風呂もあった。また、この地に玉造稲荷のご分霊を祀った稲荷社が多いのは当時の人々が大坂城の鎮守神として深く崇敬していたからである。

寺山屋敷

清水谷屋敷同様に城代下屋敷として整備され、豊臣秀吉の嫡男・秀頼公の胞衣塚が祀られていた。