玉造のあゆみ

約5千年前から人々が生活を営み、古代に勾玉を作っていたことからその名が生まれた。聖徳太子のゆかりの地であり、幾度となく都がおかれ、「大化改新」の一連もこの地で行われた。

天下人・秀吉の大坂城築城では三の丸、城下町として江戸時代は大坂・政治の中心地として近代には早くから文明開化し、「上方笑い」の町として栄えた玉造のご紹介。

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(昭和8年)玉造稲荷神社・夏祭神輿太鼓
(昭和8年)玉造稲荷神社・夏祭神輿太鼓
(昭和40年) 同
(昭和40年) 同

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昭和36年夏祭神輿太鼓進行路
(当時の東・天王寺警察署届行程図)
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