利休井

復活した利休ゆかりの井戸 『摂津名所図会』より
復活した利休ゆかりの井戸 『摂津名所図会』より

豊臣時代の千利休は玉造・禰宜町(当神社南側)に屋敷を構えた。この一帯は清水谷などの地名が残るように玉造清水と呼ばれる良質の水が得られ、利休が茶の湯に愛用したと『摂津名所図会大成』に記されている。また、当神社でも利休が生駒山系を眺め茶会を催したとの伝承が残り、利休ゆかりの地・玉造として昭和52年に「千利休居士顕彰碑」も建立された。

平成18年には、同じ水脈であるこの利休ゆかりの井戸を大阪城甲冑隊(代表 河井計実)や大阪府立東住吉総合高等学校の福井一夫教諭や学生の協力のもと当時を偲ぶ井戸が再掘され、現代に甦った。